私のこと、知ってますCAR? 第7弾!

私のこと、知ってますCAR?
第7弾です。
世の中は広い!
まだ、まだ、まだ、知らないクルマが次から次へと、、、悩ましい。
魅力的なだけにさらに悩ましい♪

さーて、第7弾はフランスのとある自動車メーカーが1962年から1964年まで生産した世界初のミッドシップエンジンの市販スポーツカーである。
ちっちゃくてかわいいんだなぁ、これがっ!
その車名とは、、、
René Bonnet Djet「ルネ・ボネ・ジェット」
René-Bonnet-Djet_01
ルネ・ボネ・ジェット/1964年のル・マン24時間レース参加車両…Wikipediaより

──── オトモビル・ルネ・ボネというメーカー

オトモビル・ルネ・ボネ(Automobiles René Bonnet)はフランスにかつてあった自動車メーカー。ルネ・ボネとは会社の創業者の名をそのままとって付けられました。それが1962年です。ルネ・ボネは1904年生まれ、28歳のときシトロエンのディーラー権を取得して、パリ近郊でその販売を始めたのです。ルネのオフィスは、ドーチェという名の一族が所有する建物に間借りしていました。この縁で彼は、大家のドーチェの息子のシャルルと親しくなったのです。シャルルはエコール・ポリテクニークを出た秀才で、二人は、手作りで前輪駆動のレーシングカーを作ろうと企むのです。そのマシンは「DB」と名付けられ、1938年に完成しました。「DB」とは二人の頭文字をとって付けたのです。レースでも大活躍しました。その後、欧州に起こる第二次世界大戦の影響でブランクができますが、46年に復活、49年には再開されたル・マン24時間にも出場したのです。

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ルネ・ボネ・ジェット…Wikipediaより

──── オトモビル・ルネ・ボネというメーカー…その2

翌年には、ドーチェとボネは、バナール社のディナの空冷水平対向2気筒FWDパワートレインに切り替えます。これが成功に導いた。エンジンは1リッターに満たない非力なものでしたが、小さくて軽い、何より背が低い。これによってフロントエンジン車でありながら、ノーズの低い戦闘的な車体形状が可能になったのです。とりわけル・マン24時間に設けられた性能指数賞や熱効率指数賞(ともに速さを競うのではなく、燃費や走行距離の割合で決まる特別賞)に関しては、アバルトやアルピーヌと並んで受賞候補の最右翼と目されるようになりました。それだけではなく、このレーシングカーと同様の基本構成で市販のスポーツカーを生産するのです。「DBコーチ」と名付けられ52年のパリサロンでデビュー。62年まで生産され、彼らに少なくない収入をもたらしたのです。

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ルネ・ボネ・ジェットのルノーエンジン…Wikipediaより

──── オトモビル・ルネ・ボネというメーカー…その3

しかし、景気の良い話は長くは続かない。まずは意見の違いからシャルル・ドーチェと袂を分かちます。それにパナール社は経営難から1955年シトロエン系列下に入って以来次第に経営方針にシトロエンの影響が強くなっており、レース活動に冷淡なシトロエンの経営方針からパナールのパーツが供給難に陥るのは明らかであった。そこでルネ・ボネは、「DB」の製造販売会社EPAFを畳み、代わりにオトモビル・ルネ・ボネ(Automobiles René Bonnet)社を設立。そして、レース活動に積極的なルノーの後ろ盾を得るのです。

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ルノー・ドーフィン…Wikipediaより

──── ルネ・ボネ・ジェットについて

ルネは、62年この新体制でル・マン24時間に参戦するためのレーシングカーの製作に取り掛かるのです。彼の頭にある理想のマシンはミッドシップ後輪駆動だったのです。当時のルノーの主力パワートレインは、縦置き直4エンジンをリアオーバーハングに搭載し、その前方にデフとトランスミッションを突き出す「ドーフィン」のもの。ルネと設計主任のジャック・ユベールはこれを180°回転させてミッドシップに置き直すことにしたのです。また、ボディは小径鋼管で組んだフレーム構造を基本に、そこにFRPボディを被せたのです。このあたりはアルピーヌA110系と同様の方式です。レースレギュレーションぎりぎりの最低重量450kgを狙ったのです。



──── ルネ・ボネ・ジェットについて…その2

「ジェット」と名付けられたルネの新しい2座レーシングマシンは、61年に概要が公開されるが、完成までには少し時間を要し、翌年の5月のニュルブルクリンク1000kmレースが初陣となる。ここで何とジェットは総合20位で完走、クラス優勝を獲得します。出来たてホヤホヤのマシンで、しかも初めてのミッドシップで素晴らしい成績を残したのです。
この62年7月にパリで行われた自動車ショーでルネ・ボネは、ジェットの市販をアナウンスしたのです。
その公道仕様は、レース仕様とは内容が若干変更され、車体構造材は、レース用よりシンプルなバックボーンを主体としたものに、またこれを補完する外皮はFRPが用いられ、内装もきちんと施されて販売となったのです。



──── ルネ・ボネ・ジェットのその後…その3

これが世界初のミッドシップ・ロードカーといわれるルネ・ボネ・ジェットの生い立ちです。
オトモビル・ルネ・ボネ社は1964年にマトラ社の傘下に吸収されます。
ジェットはマトラ・ジェットと名を変えても生産を続けられ、総計1963台が世に送り出されたのです。



──── ルネ・ボネ・ジェットのスペック(series1)

■エンジン:水冷4気筒OHV ■排気量:1,108cc
■最高出力:72ps/5,800rpm ■最大トルク:7.8kgm/3,200rpm
■駆動方式:MR ■変速機:4速MT
■サスペンション:前後とも独立・ダブルウイッシュボーン・コイル
■全長:3,800mm ■全幅:1,400mm ■全高:1,150mm
■ホイールベース:2,400mm ■トレッド(前/後):1,260/1,250mm ■車両重量:615kg
■販売期間:1962年〜1964年 ■乗車定員:2人 ■ボディタイプ:2ドアクーペ
■設計主任:ジャック・ユベール
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