私のこと、知ってますCAR? 第8弾!

私のこと、知ってますCAR?
第8弾です。
世の中は広い!
まだ、まだ、まだ、知らないクルマが次から次へと、、、悩ましい。
魅力的なだけにさらに悩ましい♪
この台詞、久しぶりだなぁぁ。。。

さーて、第8弾は自動車のオークション史上過去最高額となる5200万ドル(当時のレートで約50億円6800万円)で落札され話題を呼んだことが記憶に新しいフェラーリ「250GTO」です。
そんな有名なクルマじゃぁ「知ってますCAR」じゃないでしょうって声が聞こえますが(大汗
超希少なレーシングカーであるフェラーリ「250GTO」は奥が深いのよー♪
Ferrari250GTO-SeriesII_01
FERRARI 250GTO SeriesII…Wikipediaより

昨年もオークションで話題を振りまいたフェラーリ「250GTO」ですが、ざぁーっとクルマについて他力本願な説明を→

世界スポーツカー選手権はスポーツプロトタイプの競争過熱を憂慮し、1962年から国際マニュファクチャラーズ選手権と改名した上で、量産車のGTカークラスにチャンピオンシップがかけられるようになった。フェラーリはこれを制するため、先代の250GTベルリネッタSWBの空力的弱点を改良した250GTOを投入した。
"250"は250cc×12気筒=3,000ccエンジン(実際には2,953cc)を示す。"GTO"はGran Turismo Omologato(グラン・ツーリスモ・オモロガート)の頭文字で、GT選手権用として公認(ホモロゲーション)を取得したモデルという意味である。
実際にはいくつかのエンジンバリエーション違いを含め39台が作られたに留まり、「連続した12ヵ月に100台以上生産」というGT選手権参戦基準(ホモロゲーション)を受けるにはほど遠かった。しかしフェラーリ側はSWBのバリエーションと説明し、SWBの生産台数230台とあわせて100台を超えていると主張した。当時のGTレギュレーションでは、ホモロゲーションを受けるにはボディ形状は決まっておらず自由とされており、たとえ1台ずつ形状が違っていてもルール違反にはならなかった。SWBにはオールアルミボディ、6連キャブレター、5速ミッションなどのオプションが巧みに設定されていたため、フェラーリ側からの申し入れが認められ、GTOはホモロゲーションを取ることに成功した。
……Wikipediaより


Ferrari250GTO-SeriesII_02
フェラーリ 250GTO SeriesII
1962年から1963年にかけて製造された250GTOは36台。この36台はシリーズIと呼ばれています。
シリーズIIというのが、1964年に製造されたわずか3台のみのモデルです。
またまた他力本願でシリーズIIを解説しちゃおう!

1964年、フェラーリは強力なライバルシェルビー・デイトナの出現に備え、250LMをGTクラスへ投入する予定だった。GTOの公認取得の際に通用した「エボリューションモデル」という理屈を今回も持ち出したが、エンジンレイアウトが異なる点(GTOはFR、LMはミッドシップ)などから受け入れられず、GTクラスの公認を得られなかった。また、250LMの戦闘力も熟成が進む1964年後半までは高くなかった。そこで急遽250GTOを3台増産、さらにGTO62-63に改良が加えられた。
1964年に3台製作されたGTOはおもに空力面が改良され、250GTO64、またはシリーズIIと呼ばれた。ボディデザインはピニンファリーナとなり、直線的なフロントノーズ、250LMプロトタイプと同様のカットオフルーフを備え、ただし3台とも細部のディテールが異なっている。エンジンは基本的に62-63年型と変わらないが、発電機がダイナモ(直流発電機)からオルタネーター(交流発電機)へ変更になっている(ヘッドライトのハロゲン化のため)。何台かのGTOシリーズIがシリーズIIと同じ(細部は異なる)ボディに換装されている。
GTOシリーズIIは1964年初旬のデイトナ24時間レースに勝利し、ライバルと目されたシェルビー・デイトナが、ホモロゲーションの取得が遅れるのを尻目に、その後もGTクラスで勝ち続け、フェラーリにGT-IIIクラスの3年連続チャンピオンをもたらした。ただル・マンではシェルビー・デイトナに敗れている。
……Wikipediaより


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3台製造というからには、↑ これだけ写真があれば全部登場?

おおーっと、忘れるところだった【映像】があるのですよ。
いつもチェックしているビンテージカーの専門サイト『Petrolicious』からのものです。
このモデルは、1964年にわずか3台のみ製造されたシリーズIIの第1号車。そのオーナーは、アメリカ人初のF1ワールドチャンピオン、故フィル・ヒル氏の息子で元レーサーのデレク・ヒル氏だそうです。

故フィル氏はこの250GTOに乗り、デイトナ2000kmレースやナッソー・スピードウィークで優勝しました。
ロッソ・コルサのボディカラーが魅力的なこのクルマの狭いコックピットに入り込み、貴重な走行シーンが見られます。すべてを忘れて最高出力300hpの3.0リッターV12エンジンの音色に酔いしれてください。

The Ferrari 250 GTO Speaks for Itself

痺れたぁぁ。。。
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